TENET テネット 感想(1回目)


殴り書きかつ1度目の鑑賞後の感想のため、あくまで公開時点での内容になります。


一言で表わすならば、「なんか思ってたのと違うな……」でした。「思ってたの」というのは、自分がノーラン作品の中でも一番好きな『インセプション』(2010)のような映画だったのですが、事前情報が乏しかったこともあり、なんとなくそんなイメージを持って行ったところ、見事に裏切られることになりました。というのも、今作はこれまでのノーラン作品と大きく異なる点があったからです。

単層構造の物語

それは、主人公が成熟していて、二層構造ではないシンプルな物語であるということです。 たとえば『インセプション』であれば、「他人の脳内にアイディアを植え付けるという前代未聞の危険なミッションに挑む」というのが表層のストーリーがあり、そのすぐ下には「主人公と妻の過去の事件」があって、終盤に向けてその二つが絡みあってゆき、一枚の面になるという構造があります。 しかし、今作では(扱う舞台道具の性質もあるでしょうが)そのような構造はなく、純粋にあらすじ通り世界を救うためにミッションに挑む物語になっています。それが原因なのかはわかりませんが、決して短くない上映時間にも関わらず、エンドロールが始まった瞬間「えっ、もう終わり!?まだあらすじに書かれてたことしか起きてないじゃん」と思いました。

そんなわけで、今作はメタ的には素直に始まりから終わりに向かって一直線に話が進むとてもわかりやすい造りになっています。ですが、問題は、肝心の物語の内容がそうはいかないところです。

「時間の逆行」

ご存知の通り、今作は「時間の逆行」をテーマにしています。予告編で映る範囲でいえば「銃痕から弾丸が逆向きに飛び出す」など、局所的な逆再生とでもいうべき現象が随所で起こります。さらに(ここからはネタバレになりますが)、中盤からは登場人物たちが自ら時間を逆向きに進む(としか言い表しようがないです。単純なタイムスリップとも言い難いし……とにかく自分の語彙ではまだ上手く説明できません)シーンも出てくるようになり、順再生と逆再生を同時に見るかのような摩訶不思議な映像体験に叩き落とされることになります。そのため、主人公の視点で映画を順再生方向に視聴している観客からすると、映画内では「後」に起こることが「先」に起きていたりして、正直1度見ただけでは序盤のシーンに隠された意味を余さず汲み取っていくのは無理があるでしょう。このこと自体は、時間を物理的に移動できた『インターステラー』でもあったことで、それ自体がオチとしても機能するため大した問題ではありませんが、今作のそれがはるかに難解になっているのは間違いないと思います。

ギミック以外

「時間の逆行」に関連しない部分についても、個人的には物足りないところがありました。

まず、今作は先に述べたように大きな物語と個人の物語が交差していく構造でない以上、本筋の物語で緩急をつけ、飽きさせないようにする必要があります。ところが、今作は世界を救うという大きすぎるテーマに大して物語上の大きな動きがあまりありません。終盤まで主人公サイドの人数が3人(主人公、相棒、ヒロイン役)しかいないというのもありますが、やったことと言えばロンドン・ムンバイ・オスロを行ったりきたりしてちょっとした騒ぎを起こすだけで、世界の危機が迫っているというわかりやすい危機感に浸ることができませんでした。それぞれのロケーションでのアクションシーンも、単体で見れば非常に満足できるものなのですが、それぞれが全体でどういう役割を果たしているのかがいまいち見えにくかったように感じました。

また、主人公が世界を救う任務を承諾する動機もよくわかりませんでした。これは自分がよくわかってないだけかもしれませんが、冒頭の流れを見ると、「主人公は『仲間を売らない真のエージェント』だからこの作戦に参加する資格がある」と言われて特に深く考えず承諾してしまったようにしか思えませんでした。ただこれも今作が単層構造の物語であるということを前提に考えると、あえて個人的動機のようなものを劇中から排除したとも取れるのかもしれません。個人的にはあまり納得いきませんが……。

個人的動機がないことは、作中の人間関係にも影響を及ぼします。そもそも人間模様を描く作品ではないというのはここまでで十分明らかになっていることではあるのですが、相棒ポジションの人物が出てきていながら絶対にバディものにはならないという、ある種新鮮ですらある映画になっています(一応、これについてはオチがつくのですが、本編中ではやはりそうです)。

最後に情報の開示のタイミングです。主人公は凄腕ではあるものの、任務については何の情報も持たない状況でスタートします。そのため主人公と観客には同じタイミングで真相が明かされていくことになるのですが、このテンポがどうも悪い。今作、実際にやりあう相手はともかくとして、実際に目に見える敵の黒幕は1人しかいません。しかしなんやかんやであっさりその黒幕に接近できてしまい、なんやかんやで一緒にボートで遊んだと思ったらタコ殴りにされるなど、関係性が安定しません。途中まではこいつは適当なところで退場して真の黒幕が出てくるのかな?とも思っていましたが、結局本編中の黒幕はこいつだけでした。一応、真の黒幕は存在としては出てくるのですが、どっちみち本編には直接関わってこないのでいないのと同じです。そんな感じで敵の正体があっさりわかった割に、なぜか味方の正体が最後の最後までわかりません。なんだそれ、と思うかもしれませんが、これはオチにも関わってくるので残念ながら我慢するしかないです。我慢するしかないのですが、そのオチというのもまあそれしかないよねというものであまり意外性はなく、結果的に仕方なくモヤモヤし続けただけだと感じてしまいました。 ともかくわかったのは、この映画は謎が徐々に明らかになっていき遂にその全貌を現した何事かと対峙する!すげえ!興奮!、という楽しみ方をする(できる?)映画ではないのかもしれないなあということだけでした。

映像

ノーラン監督は「007断ち」をして製作に臨んだという記事もあり、スーパー・スパイ活劇からの脱却を意図していたことはよく伝わりました。終盤の全面戦争シーンはその象徴ともとれますし、もっと露骨に「あなたは"主役"のひとりにすぎない」「ひとりでは世界は救えない」という台詞すらありました(まあこの辺はオチのどんでんに引っかかってくるので額面通りに受け取る必要はないのですが)。時間の逆行によるスペクタクルはありますが、基本的に超人的な頭脳や肉体は登場しませんし、爆発も大したことないです(貨物用ジェット機が建物に突っ込む程度)。 アクションも、激しい肉弾戦は多いものの、派手な動きといえば序盤の逆バンジージャンプくらいなもので、常識の範囲に収まっています。 これらは「リアルの追及」と言い表わすこともできなくはないでしょうが、ほとんどのシーンで時間の逆行が関わってくるため、「時間の逆行が起こりうるという前提に立ったリアル」という虚像をいかに素早く受け入れることができるかで、アクションシーンを楽しめるかどうかが大きく変わってくるのではないかと思いました。

音楽

†巨匠ハンス・ジマー†を起用しなかったことが話題になっていましたが、観終わってから考えれば当然のことでした。ハンス・ジマーの通奏低音は、ブルースやカル、コブやクーパーが裡に抱える葛藤があってこそ活きてくるものなのだなあと気付かされました。劇中の音楽は特に覚えてません。

まとめ

包み隠さず言えば、微妙でした。「時間の逆行」というアイディアとそれを反映した映像はとてつもないものですが、そもそもストーリーに魅力を感じられないため、考察する気も起きないというのが正直なところです。

もう1回観る予定なので、それで序盤のよくわからなかった部分が解決されれば、多少は違う評価になるかもしれません。

おわり